(市指定)柏崎の御船歌

最終更新日:平成24年4月26日

館山市無形民俗文化財「柏崎の御船歌」

《市無形民俗文化財》
柏崎の御船歌(かしわざきのおふなうた)

              國司丸

市指定 平成20年2月25日
保持団体 館山市沼 國司囃子保存会
時期と場所 1月16日 國司神社オビシャ  國司神社拝殿
8月1・2日 國司神社祭礼 國司丸(御船山車)引き廻しの時、近辺各要所

内容 柏崎の御船歌は、國司神社の本来の祭礼日であると伝えられている1月16日のオビシャと、8月1・2日に行われる國司神社の祭礼の際に演じられます。

御船歌は、一人が上げ歌を唄い、それに続いて歌方(うたいかた)たち大勢が一緒になって付け歌を唄います。かつて御船歌の歌方は、裃を着て威儀を正し、頭を深く垂れて演唱するのが通例で、二の膳つきの席を用意されるなどの格式ある役割であったといわれています。

歌は「國司丸船歌」と呼ばれる祝い歌に始まり、「皇帝」、「正月くどき」(2種)、「初春」(2種)、「鹿島くどき」、「八幡くどき」、「道中くどき」、「四季」、「西の宮」、「入船紀州祝いの谷」が伝えられいます。

しかし現在は、正月のオビシャの時に「國司丸船歌」と「正月くどき」が、8月の祭りには「國司丸船歌」と「皇帝」のみが歌われています。

國司神社の祭礼には、御船山車の曳き回しが行われ、お囃子(サンギリとバカバヤシ)を演じた後、御船歌とお囃子が組み合わされて奉納されます。祭礼時の御船歌はヨミヤ(宵宮)である8月1日の夜、國司神社の前で奉納され、2日には出発場所である國司神社前で演じられた後、沼・柏崎から宮城の熊野神社、笠名の神明神社、大賀の御滝神社の前で奉納されます。

なお、柏崎の御船山車を巡幸する祭礼は、文政7(1824)年の勝山調(かつ さんちょう)による「引船の図」が残されていることから、近世にさかのぼる歴史を確認することができます。また、この絵には「6月15日」と書かれていることから、従来はこの日に御船山車の巡幸が行われていたとも考えられています。

ただし、現在使用されている「国司丸」は近年改修を加えたもので、当時の部材はほとんど残されていません。


解説 御船山車の巡行と、これに伴う御船歌の上演は、館山市に特徴的な祭礼文化のひとつであると考えられます。

御船山車は、館山市内に國司神社(沼・柏崎)、諏訪神社(館山・新井、館山神社に合祀)、相浜神社(相浜)、諏訪神社(船形・浜三町)、神明神社(新宿)の5カ所にありますが、御船歌は、柏崎・新井・相浜に伝承されています。

現在では、沼の柏崎と館山の新井のみが御船歌の上演を続けていますが、相浜では近年まで上演されており、かつては船形の浜三町にも御船歌があったとされています。

また、周辺の安房郡鋸南町の竜島では、現在も勝山の祭礼の際に御船歌を演じています。御船歌は、伊豆半島や三浦半島、茨城県の沿岸地域にも伝承されており、これらの地域との文化的な共通性を背景にしているとも考えられています。

御船歌が唄われるようになった由来については明確ではありませんが、柏崎の御船歌「皇帝」は、相浜にも伝えられており、船の由来を歌い込んだもので、『御船唄留』には一番歌としてあげられています。

「正月くどき」は、正月・祝揃・かざり等とも呼ばれて相浜にも伝えられ、新年を寿ぐめでたい歌として唄われます。「初春」は四季を詠み込んで1年間の泰平を寿ぐ歌として伝えられ、鎧くどき・鐙揃・鎧などと呼ばれて、安房地域の御船歌伝承地に伝えられています。

そして、「鹿島くどき」、「八幡くどき」、「道中くどき」は長歌形式の祝い歌として、また、「四季」、「西の宮」、「入船紀州祝いの谷」は、小歌形式の祝い歌として伝えられています。


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