洲ノ埼海軍航空隊射撃場跡

最終更新日:平成24年4月26日

インライン画像■ 洲ノ埼海軍航空隊射撃場ってなあに?
 20世紀には、世界規模の戦争が2回おこりました。最初の世界大戦である、第1次世界大戦(1914年~1918年)では、人類の歴史のなかで、はじめて戦争に飛行機が使われました。 
このあと、戦争の方法が大きく変わり、それまでの陸軍、海軍の戦争から、飛行機を中心とする戦争へと変わっていったのです。
 昭和5(1930)年、館山に海軍航空隊がつくられました。場所は、今の海上自衛隊館山航空基地がある場所です。そこは、大正12(1923)年の関東大震災までは海でしたが、大地震によって土地が持ち上がったために、高ノ島と沖ノ島が陸続きになり、そこに航空隊の基地がおかれたのです。
 昭和14(1939)年、第2次世界大戦がおこり、昭和16(1941)年に、太平洋戦争がはじまりました。これらの戦争は、まさに飛行機中心の戦争となり、そこで必要になったのが、飛行機を整備する兵隊でした。館山海軍航空隊は、戦争をする航空隊でしたが、昭和18(1943)年につくられた洲ノ埼海軍航空隊は、飛行機を整備する兵隊を教育するための航空隊でした。
この射撃場は、この前約100mの位置に、戦闘機をおいて、機銃の調整をおこなうための的として使われていた施設の跡です。

■ よーく見てみよう!
では、洲ノ埼海軍航空隊射撃場跡の中に入りましょう。次のポイントをもとに、観察してみましょう。

 壁の表面はどうなっているのだろう?

■ 考えて見よう!

 なぜ、穴のなかに土がうまっているのだろう?
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